2007年安倍なつみ短評(短くない)

私は昨年2006年の安倍の活躍を称して『史上最も充実していた年』としたが
それをアッサリと、本当にアッサリと更新するような2007年だった。
充実一途とは正にこの事を言わずして何を言おうや
3月のアルバム、明らかに今までの作品とは作り方が違う
それはつんく♂楽曲云々の話とは少し違う、確かにあのアルバムにつんく♂の名はない
でも、つんく♂が居ないからこうなったと言う事ではなく
つんく♂が居なくても何かが出来る可能性を示したと言うべきであろう
過保護なまでに守られてきた安倍が、本当の意味で独り立ちした事を意味する
そしてそのアルバムを受けての春のコンサート
総生演奏である事になんら不思議は無く、不安も何も無く期待ばかりが膨らんだ
そしてその期待と言う名の高いハードルを飛ぶ事なくアッサリ跨ぎ超えて行く安倍の圧倒的な歌唱
私の用意したハードルが如何に彼女を過小評価していたかを物語る
安倍の実力は今まで見ていた聴いていた部分から想像するには氷山の一角と言うにも小さ過ぎたのだろう
開放された才能の開花はすざましく、見る者聞く者を一瞬で飲み込み魅了した
アンコールで『大人へのエレベータ』を歌い終わり満面の笑み、充実の笑顔で舞台を去って行く安倍
それを笑顔で見送った後、私は席を立つ事が暫く出来なかった
なにやらイベンティブな事があったわけでもない、ツアーファイナルと言う事でもない
ツアー中のある一回の公演と言うだけ、何も特別な事などない
それでいて全身に鳥肌の出る様な感動を味わった
『やろうスゲェの持ってきやがった』は当日余りにも普通に思い浮かんだ絶賛の言葉である
夏、記念隊としてのツアー、安倍が安倍の持つモーニング娘。としてのなんたるかを端的に表現
安倍なつみここにアリをまざまざと見せつけた
秋になり、一頓挫、ここでは敢えてそこは語るまい、一言言うなら『安全運転!』である
向かえた秋のツアー、春の充実は新しいハードルとして安倍の前に立ちはだかる
しかし、またもそのハードルはハードルとしての意味を成さない
春に在った舞台装飾的なモノを完全に廃し、演奏と歌によってのみ繰り広げられるファンタジー
そう、もうあれは単純にコンサートだのなんのと言う現実的なものからは一部乖離(かいり)している
ただそこに在るのは紛れも無く現実のものであるという事の素晴らしさ
その中に在る本質は大きく変わらないが、魅せ方一つでどこまでも広がりを感じさせた
もう安倍は安倍なつみ単体として存在する時、ハロプロの枠を感じさせない
だからと言って安倍なつみ無くしてハロプロは語れない
10年を向かえる中に在って改めて安倍なつみと言う人の凄さを感じる1年でありました。